ササブログ

主に札幌で演奏活動をしているギタリストです。

2014年04月

4/10も病院に行く。
それまではだいたい週一か二回行っていたので、十数回行った事になる。
この日は病院の近くで働いている、Sさんと待ち合わせて、会いにいってみたが病室にいなかった。
レントゲン写真をとりに行ってる様。

で、もしかしたら前にいるかなとか思って、ちょっとレントゲン室の前まで行ってみた。
せっかくSさんも来たので。

実はこの病院は自分がガキの頃入院していた病院。
だが数十年振りに来たこの病院の中の記憶はほとんどない。
けど入り口からまず真っ直ぐ進んで左に曲がった奥の方にあるレントゲン室。
ここらへんはなんとなく覚えている。
そうそうこっちの奥だったよ。
結局いなかったので、後日待ち合わせしてという事で別れた。

でも、とりあえず時間潰して来てみようかなと、まずは昼飯を食べに超久しぶりに焼きそば屋に行った。
そうです、あの自分で味付けして食べるあの焼きそば屋です。

そのあとちょっと時間潰してから行ったら会えたのでSさんにメールしてみた。

この日はわりと調子が良さそう。
いろいろと雑談。昨日はお客さんが○人だったよとか、最近あった自分の演奏の失敗談など話したりすると、「何か面白そうだね、聴きに行きたいなぁ」なんて。
そして、丁度奥さんがみえたので、入れ替わる様な感じで帰る事に。
来週また来るよなんて言って帰ったのだ。

その足で、秋田さんのいる店にコーヒーを飲みに行きいろいろ話した。
相変わらず秋田さんは僕が行くとジム・ホール関係やリー・コニッツの良いレコードをかけてくれた。
この日が最後のお見舞いの日になってしまった。

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3/24、病院にいつものように見舞いに行った。
この日はバイトの後にリハだったけど、仕事が早く終わりリハまでの時間が予定よりも長く空いたので、病院に行く前にちょっとスポーツ店に寄ったりしたのだ。
スポーツ等やらないのでスポーツ用品店に行っても買う物はあまりないけど、何か買いたくて入った。
そして、そのあと病院に向かった。
まずいつも寄るコンビニで漫画を買ってから病院に行く。
行く度に一冊ずつ続きの漫画を買って行く。
しかし、いつもなら置いてるコンビニなのになかった。
コンビニ数件廻るが売っていない。
しょうがないので今日は手ぶらで。

そして病院に着いてみると、今日はずいぶんと具合悪そうだった。
ついさっきT山さんが来てくれたよと言ってた。
いつもの感じの調子であれば、今日川中スポーツで買い物したよっなんて話してそれから他にもいろいろいつものように雑談と思ってたが、具合が悪すぎてそれどころじゃない雰囲気。
なのでほんのちょっとだけ話して帰る事に。

その足でぶらぶら歩いてリハに向かった。
入院からそれまでは多分まだあまり変わらない同じような状態だったみたいだけれど…
この日は、入院してから一番具合悪いと言ってた。
一瞬ほんのちょっとだけ良くなったのにね。
なんともやりきれない日だった。
何かこう一つの境目の様なそんな日に感じられた。
という、3/24。



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すみません、今書ける事を書いてみました。

今日は愛すべきドラマーの川中さんとお別れの日でした。
川中さんは二日前の4/25の朝、亡くなりました。

川中さんとは約10年僕のバンドで一緒に演奏してきました。
最初に会った日の事は覚えています。
ベースの秋田さんの紹介でした。
「川中君って人がいるんだけど、ささと合うんじゃないかな」
場所は浪漫風、僕のバンドでベースは秋田さん当時一緒にやっていたドラマーのトラで川中さん、という三人で一緒にやったのが最初だったと。
その日の演奏は凄く楽しかったし、なにより終わった直後に川中さんが「楽しかったのでまたやりたい。このトリオでまた叩かせて欲しい」と言ってくれた。
それが川中さんとの始まり。
それから約10年かな。

病気の事は二年前に手術をして退院した後に打ち明けられる、そのメールの日付が4/25。
それから待つこと数ヶ月。
11月の末に治療のための入院が終わり、また音楽活動が再開出来るとのメールが来たので早速翌年の1月からまた川中さんとの演奏の予定を入れた。
1月にやったライブを川中さんが聴きに来てくれた日の事も覚えている。
約10ヶ月振りに見る川中さんはずいぶんと痩せていて、他の人にばれるのではとちょっとヒヤヒヤしたけど、でも生きて動いている川中さんを発見した瞬間ちょっと涙が出ました。

それからはだんだん顔色も良くなり、このまま今の感じで一緒に演奏したりする日々がずっと続いていくものと思っていました。
去年の秋にリブギャラリーでデュオをやった後、奥で二人きりになった時に、「ささ君、実は最近また病気が再発しちゃった…」と打ち明けられました、その時の川中さんの顔は今までに見たことのないとても悲しい表情で、
今までの笑顔も覚えているけど、その時のとてもとても悲しい顔も忘れられない顔。

今年の2月に久しぶりに瀬尾と三人で一緒にやったのが最後の演奏になってしまった。
2/20にメールで、また入院してしまい3月の演奏が出来なくなった事を告げられた。
食事が全く出来なくなり、点滴のみで生きているとの事。
お店ももう閉める事。そしてもう病気の事は隠さなくても良いよとの事。

お見舞いにはずいぶんと行きました。
そして、いろいろ話しをしました。
入院中に一瞬少し回復して、僅かにご飯が食べられた時の、あの喜びの表情も忘れられません。
こっちもハッピーになりました。

あぁ、でもそういえば川中さん本人に今までありがとうって言いそびれた。
一週間位前からもうお見舞いが厳しくなってきた後、話せなくても良いから顔だけでもと何度か行こうかと思ったけれど行けませんでした。
生きている川中さん本人に、お礼とそして別れを告げに行きたかったけれど出来ませんでした。

川中さん本当にお疲れ様でした。
またいつか宇宙のどこかで会えるでしょうか。
川中さんこんな僕と今までずっと一緒に演奏してくれてありがとう。
川中さんさようなら。じゃあね。また。
何かあったらまたお願いします。
また一緒に演奏しましょう。
また。

今日顔みたのにまだちょっと信じられないです。

いきなりですが…
自分の集めている、ギタリストのジム・ホールが参加しているCDを、古いのから一枚ずつ聴いていってみようかなと…

まだ持っていないのも沢山あるので、これから手に入れた物はその都度という事で…

とりあえず1枚目はビッグバンドでした。
1955年録音となっています。
多分これが今のところ一番古いかな。
スタン・ケントンのところにいた人のバンドのようです。
ジムはこの時24歳。


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シーナ&ザ・ロケッツの曲で好きな曲です。
あ、増税前にシナロケのBOXのCDも買っておけば良かったか…。


“この子が二十歳になる頃には
 この世はきっとよくなっている”

と、始まっていく詞で1994年の曲。
単純に計算すると、そのロックの好きなベイビーももう二十歳に…。

この世はよくなるどころかますます…。

阿久悠さん良い詞かきますね。


駆け込みで…
弦など買い溜め。
複数のギターは全部張っている弦が違うので、弦代もなかなか大変。

あ、米とかも買っておけば良かった。
忘れてた。

そう言えば、スーパーに行くと少し前から税抜き表示に変わっていて、一瞬安売りしている様にも見えて危なく買っちゃうとこだった事も。

タイマーズは19、20歳の時に良く聴いていた。
たまには引っ張り出して聴くことも。

増税でちょっと思い出した。


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